大人になりたくなくて「ポケットにファンタジー」で泣いちゃった
ねえ、君たちの夢って、何かなあ?
僕の将来の夢はかわいいポケモンに転生することです。どうも、粉。(こなまる)です。

タイトルはホントの話で、僕はカレーを作る時にふと懐かしくて流した「ポケットにファンタジー」でマジ泣きしたことがあります。
カレー作ってたので「情緒不安定なタケシみたいになってるな…」って思いながら5粒くらいの涙をホロホロと流したのが、17歳終わるくらいの頃でした。
ちなみにその時作ったバターチキンカレーはめちゃめちゃ美味しかったです。センチメンタルになってる時の美味しいものってなんであんなに沁みるんでしょうね。
あ~~僕もポケモンマスターになるの挫折してタケシにスープで慰めて貰いて~~~。
それはさておき、ポケットにファンタジーという名曲は何故あんなに泣けるのか。その理由を探ります。
まず、僕はポケモンがそこそこ好きだということ。ポケモンというコンテンツに一回でもハマるとこの曲への没入感が全然違うと思う。
「楽しかった時の記憶」というのがポケモンと結びついているからこそ、子供の純な感情が思い出されて、感情の高低差がとても大きくなる…ような気がする。
そして、この曲の歌詞はさち&じゅり、小林幸子と子役の二人の語りになっている。
大人になりたかった自分と、子供に戻ってしまいたい自分の2つの相反する思いが語りに乗せられて感情ぐちゃぐちゃにされて泣かされてしまう、というギミック。
第一声は「ねえ君たちの夢って何かなあ?」
諦めた夢、叶えられない夢、今でも叶えたい夢。そんなことも脳裏に浮かぶ中、落ち着くメロディと子供たちの「ポケモン151匹ゲット!」の声が響く。
楽しいことだけ考えて、悩みも思えばちっぽけなもので、言われたことを自分のしたいままにやっていた。
やりたいことだけしたい、なんて思いは今でも変わらないはずなのに、建前と体だけ大きくなっていって。
そんな思いと小林幸子の「私とおんなじ!」が被って聴こえてくる。
「大人のくせにへんなの」には大人は楽しいことしないでも生きていける、みたいな小さい頃特有の思い込みのようなものが隠れていて、何も知らなくて当然の幼い頃の気持ちが蘇る。
そして小林幸子が問いかけると、大人への憧れが語られていく。
「はやくおとなになりたいんだ」「なんだかなってみたい」には大人への信頼感と、背伸びしてそれになってみたいという漠然とした憧れがある。
子供の頃、信頼している大人には"かしこくてすごい"みたいな漠然としたイメージがあった。
早くそれになりたくて、追いつきたくて、すごいと思われたかった。
でも、子供の頃に思っていた大人の見た目や年齢にもう少しのところまできてしまった今の僕は、そんな風になれそうもなくて。
まだ何もわかんなくて、すごくなくて、なんだか情けない気持ちがこみ上げてきて。
結果「もいちど子供に戻ってみたい」でマジ泣きした。
それに、今この景色から見る大人って別にすごくないし特別かしこくない。テキトーに生きて、その場しのぎをしてたら経験値がついて、それを何十年とやってるだけだ。
そのことになんだか軽い失墜感を覚えている自分もいるし、逆にそのテキトーに生きることすら難しく感じている自分も居て。
だからこそ、純粋な目で景色を見て純粋に楽しいと思えていたあの頃に戻りたい。
一日だけでもなれないかな。
その後、この曲はポケットに入れてた宝物や初恋の気持ちを歌ってるんですが、その頃には既に感情ぐちゃぐちゃにされてました。ぐちゃぐちゃすぎて説明できない
それによって何が変わったってわけじゃないけど、子供の頃に意味がわからなかった歌で今こんなに泣けるんだなって思ったし、子供に戻りたいと思ってしまっても小林幸子が許してくれてるような感じがして、正直ちょっと気分が晴れた。
ということでこの曲、いつ聞いてもウルウルしちゃうので感傷に浸りたい時に使うようにしてます。
もう一度言うけど将来の夢はかわいいポケモンに転生することです。
叶わぬ夢、ポケットにファンタジー。
こちらからは以上です。
粉。でした。